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【フルリノベ記録第1話】予算2000万円、住居兼店舗、子育て世代。理想の暮らしを作る全工程

むく太郎の激リアルリノベ裏話シリーズ「築50年・2000万円のフルリノベ記録」第1話
ぼくは今、築50年の戸建てをフルリノベした家に住んでいます。
昨年末に引き渡しとなり、今は初めて迎える初夏の季節を家族とともに穏やかに過ごしている今日このごろ。
ここに至るまでに、何年かかったのだろう。
思いがけず、普通ではなかなか体験できないことをそれはもうたくさんすることになってしまいました。
ですが、これから綴っていく内容は、ぼくのように、家造りや家族との関係、そして暮らしについて何かしら悩みがある方にとって、きっとヒントになることがあると自負しています。
よかったら、最後までお付き合いください。
改めて、このような条件でございました。
今住んでいるのは、元は祖父母の家。
立地は県内屈指の商業施設最寄り、だけど市街化調整区域。
施工は、二十年来の旧友の大工さん。
予算は2000万円。
ここから6本のシリーズで、その全工程を順を追って書き残していきたいと思います。
第1話は、そもそもなぜぼくらが「築50年・フルリノベ」という選択にたどり着いたのか。
その入口の話になります。
祖父母の家に住むようになった経緯

ぼくらが今住んでいる家は、もともと祖父母の家だった場所。
祖父が亡くなって15年、祖母が亡くなって13年がすでに経ちました。
住人不在となった空き家に、父が一人で住み続けていましたが、家としては半ば空き家のような状態でした。
2階建ての戸建て住宅。
人ひとりが普通に住んでいても有り余るスペース。
もちろん、生活の動線は自然と限られ、台所と寝室と居間だけが使われ、残りの部屋はそのまま静まっていました。
転機は、妻のひとこと。
「いつか、自分の店を開きたい」
妻が当時から抱いていたのは、パン屋をオープンすることでした。
市街地からのアクセスもよく、住宅街は眼の前。
店としてはこの上ないほどに良い立地でもあり、もしこの半空き家を店舗として活用できれば悪くないというより、むしろ面白い話だった。
そんな可能性のある物件に、家賃ゼロで住める。
条件としては、悪くないですよね。
家を一軒手に入れるという話と、店をひとつ立ち上げるという話が、同じ場所で重なる。
そんな機会は、人生でそう何度もないということで10年近く前から、ぼくらはこの半空き家を住処としました。
そして1年が経つころ、1階の一部を改装してパン屋として使うように。

1階部分をパン屋へリノベーション。2016年撮影。
(これは、過去のブログ記事でもいろいろDIYしてきた経緯など書いているので、ぜひ見てください。)
生活スペースは2階の3部屋。
そのうちの1部屋は物置で、実質2部屋で夫婦の暮らしが始まり、後に子2人に恵まれて、今の4人家族の暮らしがありました。
住んで気づいた「2階だけの暮らし」の不便

狭い和室で大暴れする息子。2022年撮影。
最初の数年は、家賃ゼロ・妻の店も開ける・立地もいい、という三拍子で気にならなかったこの生活。
けれど子どもが生まれ、家族が4人になるころには、不便がじわじわと顔を出してきました。
夏は2階に熱がこもり、冬は床から冷気が這い上がってくる。
築50年の家には、断熱という発想がほぼ入っていない。
冬の朝、子どもの頬を撫でる空気が冷たい日があり、エアコンを強くして、布団の中で温度を保つ。
それを毎晩繰り返していたし、夏は夏で、ようやく寝かしつけたあとに、天井近くにこもる熱気と静かに戦う。
設備も古い。
給湯器もコンロも、いつ壊れてもおかしくない年代物。
窓なんてもう存在しないメーカー製のサッシで、修理不可なんて言われたこともあったなぁ。

リアルに狭くて散らかりまくりだったなぁ。
一部の壁やドアは経年で歪み、開け閉めに力が要るところもあったり。
ひとつひとつは「住めない」というほどではないのですが、毎日の小さな不便が積み重なる感覚は、住んでいる人間にしかわからない。
ぼくというよりか、どちらかというと妻の思うところはやはり結構あったみたいです。
そこで賃貸アパートを借りた時期もありましたが、「家賃ゼロ」の威力と喧嘩した時に都合よく離れられる家が2拠点となってしまったことで、あまり精神衛生上良くないなと考え、住居兼店舗で暮らすことを再決心しました。
そして子どもが2人産まれ、5歳と3歳という家の中を走り回る年齢にさしかかると、住まいに求めるものは「安いこと」から「安心できること」へと自然にシフトしていきました。
新築・建売との比較で見えてきたこと
リノベを考える前に、当然、新築・建売の検討もしました。
今ある家を諦めて、もっと便利な場所に新しい家を構える、という選択肢。
田舎なので商業施設へのアクセスの良い物件や子育て世代向けの新興住宅地、土地から探して建てる注文住宅。
週末になると住宅情報サイトを開いて、漠然と土地と価格を眺めていた時期がありました。
ただ、ぼくには大きな前提があった。
実は、ぼく二十歳のとき、親のために中古住宅を購入していました。
35年フルローン。
フラットで。
単刀直入に言うとぼくは高校生の時、家を失った経験があります。
これも話すと、とても長くなってしまうので割愛しますが、非常にコンプレックスとなっており、大企業正社員という属性をフル活用してローンを組みました。
両親は、今その家に住んでいます。
話を戻すと、新築を組むとなれば「ダブルローン」になるということ。
住宅ローンには年収倍率という上限があり、すでに1本ローンを抱えているぼくの場合、その壁はかなり厚かった。
ネットで情報を調べまくり、ほぼ無理と思っていても、銀行に事前相談を一度受けたことがあります。
しかしながら、電卓を叩いて出てきた数字を見たとき、ぼくは「やっぱりか」と項垂れたのを今でもよく覚えています。
当時の年収(基本的に住宅ローンを2つは組めない)では、現実的で無く、新築の検討は早々に終わりました。
新築・建売は、選ぶ前に選択肢から外れていた、という表現がいちばん近いですね。
築古リノベを決心、そして次第に惹かれていった理由

新築の道が閉じたとき、ふと頭に浮かんだのは、こんな問いだった。
「いま住んでいるこの家を、ぼくらの家にしてしまえないだろうか」
築50年。
普通に考えれば、古い。
いや、住んでるし、何なら1階も改装してますが、もうぼくが全てを背負うと。(どういうことかは、あとに続く)
立地も悪くない。
妻のパン屋がここで根を張りつつある。
新築よりも予算を抑えられる。
そしてフルリノベなら、間取りも素材も、ぼくらが暮らしやすい形に組み直せる。
1階を全部住居化するのか、あるいは妻の厨房を残しながら、その奥に家族のリビングを作るのか。
階段の位置はどうするのか。
妄想だけなら、いくらでも広がっていきました。
古い家にも、まだまだ価値があるんじゃないか。
スクラップして新しく建てるのが、いつも正解とは限らない。
手をかければ、この家はあと何十年も、家族の家として生きていけるのではないか。
DIYというぼくにとって唯一無二の趣味も背中を押してくれました。
「やる」と決めてから、「着工開始」までの4年間

躯体があらわになった築古住宅。ここからどうなるのだろうか。
ただ、決断から実行までは、決して一直線ではなかったんです。本当に。
リノベの計画自体は、4年前から温めていました。
妻は「早くリノベしたい、なんならいっそ新居を建てたい」という気持ちが強く、ぼくも気持ちは同じ。
その間にも、子どもが産まれ、上の子が5歳になり、下の子が新生児から3歳になっていました。
妻のパン屋は、産休や育休を挟みながらも、常連さんが待っていてくださり、ひとまずやっていける常態。
もう、動くなら今しかないと。
けれど、具体的な段取りを始めてから着工まで4年もかかったのには理由があります。
融資が、まったく進まなかったのです。
前述していますが、既存の住宅ローン。
市街化調整区域という土地柄。
物件の名義の問題。
立ちはだかった壁は、ひとつやふたつではありませんでした。
家族の決意だけでは越えられない、現実的な制約がそこには山ほど積まれていたのです。
銀行を回るたび、断られるたびに、家族会議のテーブルがほんの少し重くなる。
そんな時間だったは苦痛以外の何物でもありません。
この「失われた4年」がどんな日々だったか。
そして、どうやって、最後にスタートラインに立てたのかを次の「融資・相続編」で書きます。
シリーズでいちばん重い壁の話は、じっくり書きたいと思っています。
次はお金の話をできるだけ書きます。
妻の開業、家賃ゼロからのアパート暮らし。
家族が増え、家が古くなるにつれて少しずつ形を変えていく住まいを、ついに「全部作り直す」という決断にたどり着きました。
今回は、その入口の話でございました。
長々とお付き合いくださりありがとうございます。
次回も乞うご期待。
では、じゃばら。

