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むく太郎の激リアルリノベ裏話シリーズ「築50年・2000万円のフルリノベ記録」第4話
前回は、フルリノベに腹を決めるまでの「意思決定」の話を書きました。

建て替えも部分リノベも消えて、残ったのがフルリノベ。
大工さんと建材イベントに足を運び、上の子の就学までという期限を引いた。
そこまで来てようやく、ぼくらは「何を造るか」という具体的な話に入っていきます。
100㎡の2階建てに、家族4人の暮らしと、妻のパン屋。
この二つを、どう一つの家に収めるか。
第4話は、その設計の中身の話です。

設計を主導したのは、大工さんとぼくら夫婦の三者でした。
外部の建築士は入れていません。
二十年来の旧友で、ぼくの弟の家も建てた人。
築古を直す勘どころも、限られた予算をどう配るかの感覚も、現場で長く培ってきた人です。
大工さんが「こうできる」「こうすると無理がある」とラフな図を引き、ぼくらが「ここはこう住みたい」を返す。
そのキャッチボールが、設計のすべてでした。(もちろん図面は起こしています)
打ち合わせの場は、ほとんどが現場です。
解体に入る前の、まだ祖父母の生活の名残りが残る部屋の中で、メジャーを片手に立ち話のような形で進めていきました。
「ここの壁、抜けますか」
「ここに棚を入れたい」
「この柱は残るので、こっちに動線を寄せましょう」
図面を広げて会議室で話すよりも、その場に立って話すほうが、判断が早い。
古い家は、図面通りにいかない箇所が必ず出てきます。
柱の位置がズレている、床下の状態が想定と違う、壁を剥がしたら筋交いが入っていた。
そういう「現物の事情」を、その場で大工さんと確認しながら決められたのは、結果的にいちばん効率がよかったのだと思います。
だからこそ、ぼくも自分でできることは相当やりました。(妻にも苦労掛けましたが…)

1階の再配分は、シンプルな引き算と足し算の組み合わせでした。
玄関の位置は、そのまま動かしていません。
動かそうと思えば動かせたのですが、配管や外構との取り合いを考えると、ここを動かすコストに見合うメリットがなかった。

残せるものは残す。
これは予算を抑えるうえで、ずっと意識していた基本方針です。
水回りは、二つの判断をしました。
一つは、トイレの移設です。
もともとあった場所ではなく、階段の下にあった収納スペースに移しました。
デッドスペースに近かった場所を、生活動線の中に組み込み直した形です。
もう一つは、お風呂と洗面所。
築50年の家の風呂と洗面は、いまの感覚で言うとどうしても狭い。

こちらは位置は同じまま、サイズを一段大きく取り直しました。

子どもをふたり風呂に入れる場面を想像すると、サイズアップは譲れない判断でした。
0.75坪→1.25坪にサイズアップした浴室は、マジで快適以外の何物でもありません。
残りのスペースは、旧売り場とギャラリーがあった場所を、家族のLDKへ。

売り場と居住スペースを区切るためにDIYしたスライドドアも見納めに。
ドアの先は、土間となっていてフロアレベルが一気に下がる仕様となっていました。

同じ構図から見た工事中の様子。
床はフルフラットになり、段差は一気に解消することになります。
そして妻のパン屋のために、旧厨房はそのまま残し、新しい売り場を10㎡未満で増築。

1階は、暮らしと店の両方が同居する、ちょっと特殊な間取りになりました。

2階は、もともと3部屋ありました。
そのうち1部屋は、ぼくらが住み始めてからずっと物置にしていた部屋です。
リノベ後は、3部屋をそのまま、用途を入れ替える形で使うことにしました。

ぼくら夫婦の主寝室がひとつ。
そして、上の子と下の子、それぞれの子ども部屋がひとつずつ。
いまはまだ5歳と3歳なので、子ども部屋として完全に独立した使い方ではありません。
けれど、ふたりがそれぞれの部屋を「自分の場所」として認識できる年齢が、近いうちに来る。
そのときに慌てて仕切るのではなく、最初から「ふたりぶんの個室」として用意しておこうと決めました。
もう一つ、2階で動かしたものがあります。

トイレです。
もともと2階にあった収納スペースを潰し、そこに独立したトイレを新設しました。
夜中に子どもがトイレに起きたとき、わざわざ1階まで降りなくていい。
主寝室と子ども部屋しかない2階に、生活を止めないための機能を一つだけ足した、という形です。
2階の動線は、シンプルに保ちたかった。
けれど、毎日の暮らしを止めないために必要な一手は、しっかり打っておく。
そのバランスで決めた、2階の間取りでした。

設計の中で、ぼくらが「ここだけは譲らない」と決めた軸が二つありました。
家事動線と、断熱です。
家事動線は、妻からの強い要望でもありました。
パン屋の営業がある日もない日も、生活は止まりません。
子どもふたりを世話しながら、料理をして、洗濯をして、片付ける。

その一連の動きが、何度も往復しなくて済むように。
キッチン、洗面、風呂、洗濯機の置き場を、できる限り近い距離にまとめました。
動線の引き方ひとつで、毎日の疲れ方が変わる。
これは設計に入ってから、より強く実感した感覚です。
もう一つの軸が、断熱でした。

第1話でも書いた通り、この家は夏が暑く、冬が寒い家でした。
築50年。

サッシは古く、壁の中の断熱材も、いまの基準からすると十分とは言えないものでした。
上の写真は、ほんとに天井剥がしただけ。
何もないやん!そりゃ、夏暑くて冬寒い。
フルリノベでわざわざ壁を剥がすのなら、断熱を入れ直さない理由はないよなぁと。
ここで手を抜くと、これから先の暮らしの快適さがそのまま削られる。
大工さんと相談しながら、壁・床・天井・窓のそれぞれに、いまの時代に見合った断熱を入れていきました。
派手さはありませんが、暮らしの底を支える部分です。
築古をフルリノベする最大のご褒美は、ここにあるとぼくは思っています。

素材選びの方針は、はっきりしていました。
無垢材を、ふんだんに使う。
床も、見える部分の造作も、無垢の木を主役に据えました。
合板で済ませた家とは、年を重ねた後の表情がまったく違ってきます。
傷も、色の変化も、いずれは「味」として家に馴染んでいく。
1階の内壁は、漆喰を使いました。
自分で水と混ぜて撹拌して、塗ったんですが、コテ使いが絶望的すぎて左官屋さんにお願いしました。

アジがあって、やはり漆喰は大好きです。
長く住むことを前提にした素材選び。
パン屋として増築した新しい売り場も、同じ無垢材を使い、外壁の色も住居部分と揃えました。
分かりやすく「店」と「家」を区切るのではなく、ひと続きの建物として、自然に溶け込ませる方向で揃えています。
そしてもう一つ、ぼくらが思い切って予算を寄せたのが、住設機器でした。
キッチン、ユニットバス、洗面。
この三つは、トイレを除いて、すべてタカラスタンダードで揃えました。
ホーロー素材で知られるメーカーです。
掃除のしやすさと耐久性に強みがあり、毎日使う場所だからこそ、長く付き合えるものを入れたかった。
住設は一度入れたら、そう簡単には入れ替えられません。
10年・20年と日々触れるものだからこそ、ここで妥協はしない。
正直に言えば、2000万円という予算でフルリノベを成立させるのは、なかなか格安の部類です。
それが成立した理由は、突き詰めるとこういうこと。
大工さんが、業者限定のルートで建材と住設を仕入れてくれた。
残せるところは残し、動かさなくていいものは動かさなかった。
そのうえで、無垢材と住設という「長く効くところ」に、しっかりお金を置いた。
削るところを削り、置くところに置く。
これがぼくらなりの、2000万円の使い方でした。

まずは片付けから。ガラクタやものが溢れてました…
設計の話がまとまり、いよいよ現場が動き出します。
解体が始まり、壁が剥がされ、床が抜かれ、家は一度「骨」だけの姿に戻っていく。
そこから半年以上をかけて、家族と旧友の大工さんで、ふたたび姿を立ち上げていく時間が続きます。
第5話「施工中編」では、解体から完成までの現場の風景を書いていく予定です。
次回も乞うご期待。
では、じゃばら。